エッセイ




「阪神大震災」と「大阪神震災」?
友澤宏隆
阪神大震災(阪神・淡路大震災)からはや十四年。その体験を風化させることなく今後の都市防災に活かしていかねばならないのは言うまでもないが、この「阪神大震災」という名称、英語では通例 “the Great Hanshin Earthquake” となる。これは直訳すると「大阪神震災」となり、日本語の名称とはことばの並べ方が異なっている。すなわち日本語では「阪神」という地域名が先に来て「大」という規模を示すことばが後に来ているが、英語は逆の順序になっている。英語の表現において great と Hanshin はともに後続の earthquake という名詞を修飾している要素であるが、英語ではこのような名詞修飾の形容詞(限定形容詞)の配列の順序に一定の傾向があることが知られている。

英語の形容詞は「主観的評価を表す形容詞」と「客観的事実を表す形容詞」に大別される。たとえば次の表現において、それぞれ一番目に置かれている形容詞(nice, beautiful, exciting)は主観的評価を表すものであり、二番目に置かれている形容詞(new, round, short)は客観的事実を表すものである:
a nice new house  a beautiful round table  an exciting short story
この例からわかるように、同じ一つの名詞を「主観形容詞」と「客観形容詞」が修飾する場合は、一般に「主観形容詞」のほうが先に置かれる。次の例も同様である:
  delicious white soup  yummy Chinese dumplings  emerging Asian nations
さらに、「客観形容詞」はいろいろな種類のものに分けられるが、同一の名詞をいくつかの「客観形容詞」が修飾する場合は、「大きさ(size)・長さ(length)」+「形(shape)・幅(width)」+「新旧・年齢(age)」+「色(color)」+「起源・場所(origin)」+「素材・材料(material)」の順に並べるのが一般的である。次の例を参照:
  a tall young man  big blue eyes  an old Russian song  a small black plastic bag
  an old white cotton shirt  a large round wooden table
最初に見た the Great Hanshin Earthquake もこの一般的順序に従っていることがわかる。「客観形容詞」のこのような配列順序は、まとめて「SACOM」と覚えておくとよい(SACOM は意味範疇名の size/shape, age, color, origin, material の頭文字から成るacronym(頭字語)である)。英文で表現する際に自信がなかったら、最初のうちだけ「(SECOMではなく)SACOMしてますか?」と確認していれば自然に慣れてくるであろう。

形容詞の問題からは離れるが、一般に表現の構成のあり方に関して、二つ以上の語の並列に基づく表現の場合、英語と日本語では構成要素の慣用的な配列順序が異なるものがある:
mother and father(父母) plants and animals(動植物) black and white(白黒) supply and demand(需要と供給) here and there(あちらこちら) food, clothing and shelter(衣食住) north, south, east and west(東西南北)
これらにおいて、それぞれ「なぜその順序で言うのか」と問われると合理的な説明は必ずしも容易ではない。洋の東西でそれぐらいの言語的相違があっても無理はないとも思われるのだが、実は一衣帯水の関係にあると言われることもある同じ漢字文化圏の中国でも、日本語とは構成要素の配列が異なる表現がある。たとえば中国語では “买卖(mai3mai)” “进出口(jin4chu1kou3)” (数字は声調を表す。数字のないものは軽声)はそれぞれ「商売、売買」「輸出入」を意味するが、“买” は「買う」で “卖” は「売る」、“进口” は「輸入」で “出口” は「輸出」なので、日本語とは順序が逆である。所変われば品変わる。と同時に、所変わればたとえ同じ事物であってもそれを表すことばの順序が変わるのである。言語の多様性は言語全般への関心の出発点になるはずである。
(参考文献:Raymond Murphy, English Grammar in Use. Third Edition.(CUP, 2004))





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