エッセイバックナンバー




ウィンブルドンへの道 
金井嘉彦

6月から7月といえば、日本では梅雨でうっとうしい季節だが、イギリスでは日も長く、気候のよい時期にあたる。テニスの四大大会の一つウィンブルドンはそんな時期に開かれる。テレビでも見られるが、実際に行ってみるとまた違う楽しみがある。今回はそんな話について書いてみる。
 
実際に行くと行ってもチケットが手にはいるかどうかがまずは問題になるのだが、ウィンブルドンは有り難いことに4大大会の中で唯一当日券を売っている(そのことが自慢とサイトに書いてある)。オークションサイト(オークションというと日本ではYahooが有名だが、欧米ではe-Bayが有名)でも手に入れることができるが、値段がべらぼうに高いのと、それを運良く手に入れたとしても、その券で会場に入れてもらえるかどうかは分からないので、朝早くから行って並ぶという原始的な手段を取るのがよい。もちろん元気のある人は、前の晩から並んでもよい。ロンドンからだと、地下鉄のディストリクト・ラインを利用することになる。降りるのはサウス・フィールド駅。ウィンブルドン駅まで行ってももちろんよいが、2駅分余計に乗ることになる。駅を降りれば、同じ目的でウィンブルドンへと向かう人たちに自然と目が向くであろう。そうすると、ウィンブルドンまで来た高揚感も手伝って、妙な仲間意識から、「やあ、君も?」みたいな声をかけたくなるかもしれないが、同じ目的ということは席を争う相手でもあるので、甘っちょろい感傷は捨てて、彼らよりも早く目的地に着くことを考えるのがよい。しかしイギリスは紳士の国。そのようなことを考えるにしてもそれを微塵にも外面に出してはならない。

駅に着いて、同じ目的の人たちと一緒に(とはいっても、上記のような理由で足早に)のどかな住宅街を歩いていくと、まだ会場もまったく見えない離れたところで、フロックコートを着た、それがまた様になっている文字通りの紳士に、道路脇の公園へと誘導されることになる。列の整備をする人も正装するとは、さすがイギリス!とここは素直に感心しておこう。公園に入ると、幾列にも連なって人が並んでいるが見えるだろう。思わず走り出したくなるところだが、走ると注意をされる。そう、イギリスは列(イギリスではキューqueueという)を重んじる国。人にはたどり着いた順番通りに待つ権利があるのであり、それを何人たりとも犯してはならないのである。写真にあるような整理券と「列の並び方」というガイドブックを配られるであろうから、いかにイギリス人が列に並ぶことを重要と考えているかに思いを馳せよう。

列は長い。いくら目をこらしても会場らしきものは見えてこない。列に並ぶほかは何もすることがなく暇を持て余したら、色々なものを売りに来る人がいるからそれを見てみるとよい。新聞社各社がこぞっておまけ付きの新聞を売っていて、ちょっとしたおみやげになる。しかし、何時間も並んでようやく会場にたどり着いたときに受けるセキュリティー・チェックで、この大会のスポンサーと合わないという理由で没収されてしまうことがあるので注意が必要となる。(なので、バッグの奥底に隠しておこう)。

運がよければ、センターコートや、1,2番コートにも入れるチケットを手に入れられる。よほど運が悪くない限り、3番から19番コート用のチケットを手に入れられる。3番から19番コート用のチケットといっても侮ってはいけない。わずか2,3m先で世界の一流選手がプレイするのを観られるのである。試合が終わって選手が控え室に戻るときには、相撲の選手に観客がよくそうするように、肩や背中をペチペチと叩くことさえできる(勇気があれば)。サインだってもらえる(うまくいけば)。テニス以外でも、花で覆われたオール・イングランド・テニス・クラブは美しく、お祭り気分がいっぱい。名物のクリームを添えた旬のイチゴを頬張っているだけでも、最高の夏の一日を過ごせる。



(付記:これはHQ18号に寄せた記事を加筆修正したものです。)




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