エッセイ バックナンバー




コミュニケーションをとる?
小倉敏博

提出されるレポートに「英語でコミュニケーションをとる」という表現がしばしば見られるようになった。新聞の論説文の中に使われることもある。しかし、私はどうもこの表現に違和感を覚える。「連絡をとる」という自然な日本語を基にした表現のように思われるが、日本語の「コミュニケーション」は「連絡」とは違うであろう。

ある名詞がある特定の動詞と強い結びつきを持つ場合に、その関係をコロケーション (連語)というが、私が「コミュニケーション」のコロケーションを最初に目にしたのは学習指導要領ではないかと思う。学習指導要領では中学校、高等学校ともに外国語教育の目標として「積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図る」ことが挙げられている。この場合はコミュニケーションを「意思疎通」と考え、「意思疎通を図る」という表現に基づいていると考えられる。確かに「コミュニケーション」は意思疎通に近い意味を持っていると思われるので、「コミュニケーションを図る」は受け入れられる表現であった。国語辞典も、例えば、三省堂『新明解国語辞典』がある改訂段階で「コミュニケーション」の項に「―を図る」という例を挙げるようになった。大修館『明鏡』も同様である。

日本語の用例を調べるのには、和英辞典が役に立つ。研究社『新和英大辞典』の「コミュニケーション」の項を見ると、「うちでは親子のコミュニケーションがうまく取れている」、「部下たちとコミュニケーションをとる」、「会員間のコミュニケーションを図る」、「担当患者とのコミュニケーションを図る」、「同じ悩みを持つ人たちとのコミュニケーションを深める」などが挙げられている。「取る」が認められているが、研究社『新和英中辞典』には「取る」はなく、「図る」のほかには「多数の人とコミュニケーションをもつ」という、これもまた私には認めがたい用例が挙がっている。これらのほかにも、NHK のアナウンサーが「コミュニケーションする」と言うのを聞いたことがある。

外来語と日本語を結びつけて連語をつくる際にゆれが生じている例と言えようが、英語のほうはどうなっているのであろうか。おもしろいことに、「コミュニケーションを図る」はtry to communicate (with one another)などのように動詞のcommunicateを使い、名詞のcommunicationを使用しないように思われる。establish communication with the rescue teamなどのように動詞と結びつけてcommunicationを使用する場合は「交信、連絡」という意味であり、address communications (to a certain place)などの場合はmessageという意味である。英語のcommunicationのほうが意味が広い。

英語では動詞で表す意味を日本語では「コミュニケーション」+動詞で表そうとするために問題が生じることになる。「コミュニケーション」を「情報の伝達・意思の疎通」と考えるか、「連絡」と取るか、あるいは「話し合い」 とするかによって動詞が決まってくる。 ただし、『新和英大辞典』の「取る」を使っている例はうまく説明ができない。ともかく、今後、事態がどのように推移するか、興味深く見守ることにする。











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